1956年4月9日、
東田家の長女として生まれる。

幼稚園教諭・保育士として、
子どもたちに囲まれながら働くことを
天職として楽しみました。

エネルギッシュな性格で、
いつも友人と集う時間を
大切にしていました。

退職後は山登りに打ち込み、
がんを患ってからも、
毎年のように北アルプスの山々に
挑戦し続けました。

長年お付き合いくださった
職場の皆様
そして多くのご友人の皆様に

心より感謝申し上げます。

Photo

思い出の写真


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    Message

    みなさんからのメッセージ

     
    ダイ

    いつも明るくて頼りになるタンコが大好きでした。姉御肌の性格に、いつも助けられていたよ。アクティブなタンコに驚かされたり、感心したり、真向きな姿勢が私にとっても励みになっていました。やすらかにお眠りください。タックと一緒にお見送りに行くね

    メッセージ全文
    モレ🍀

    タンコとは、中学、高校と同じで一緒のクラスになったこともあったけど、クラスの人気者で、いつも友達や男の子に囲まれて、私は次元の違う人だと思ってた。それが大学になって親しくなってみると、友達思いで明るくて、いつもまわりを笑わせて、私にとってとても大切な人になった。 学生時代は、落ちこぼれぎみで、落ち込んでた私を笑わせて、楽しませてくれたよね。なにに対しても前向きで、すごく励まされたなぁ。結婚してからもみんなと家に呼んでごちそうしてくれたり、子供連れて動物園に遊びに行ったり、一緒に旅行したり…楽しかったね。 アメリカに住んでた時も、家族で旅行した時、家に呼んでくれて、いろいろ案内してくれたよね…。去年最後に会った時は、退院して2日後ぐらいだったのに、手料理でもてなしてくれて、ケラケラ笑ってしゃべって、すごく楽しかった。タンコから愚痴や泣き言を聞いた覚えがないなぁ…。 いつも前向きで、よく話を聞いてくれて、頼れる姉貴って感じだったよ🖤山登りもがんばってたね。最後まで生ききったんだね✨たくさんの楽しい思い出を、本当にありがとう!ゆっくり休んでね🖤

    メッセージ全文
    タック

    病気がわかってから、8年間かな?よく、頑張ったよね。私が上京するたびに、泊めてもらって、銀座をぶらぶらしたり、胃や腸には関係ないからと、ワインや日本酒飲みながら、お食事して、おしゃべりして楽しかった。私の人生の節目に、いつもタンコがいたの。 大橋に出会った北海道旅行、深夜ラジオ「MBSヤングタウン」のアシスタントをすることになった沖縄旅行…大橋は、ニューヨーク出張のとき、タンコの家に泊めてもらったこともあったよね。 ほんわかした見た目と、喋りのギャップ、いろんなことハッキリと伝えてくれるのが嬉しかったです。もう一度会いたいな。コーラス部のメンバーで、旅行に行きたかったです。今度行くなら、金沢あたりだと、ダイちゃんも来れるかなぁなんて思っていたのよ。 ゆっくり休んでね。お見送りするからね。

    メッセージ全文


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      Video

      思い出の映像

       
      アメリカ駐在時代に、祖父・若磯ファミリーが起こしてくれた
      旅行のビデオです。
       
       
       

       

      東田 まゆみ

      In loving memory

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